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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)2497号 判決 1989年9月28日

原告 日産プリンス大阪販売株式会社

右代表者代表取締役 風見博太郎

右訴訟代理人弁護士 小林則夫

同 中村文隆

被告 株式会社 トライアル

右代表者代表取締役 山村正明

被告 山村正明

被告ら訴訟代理人弁護士 村林隆一

同 今中利昭

同 吉村洋

同 浦田和栄

同 豊島秀郎

同 松本司

同 村上和史

同 森島徹

同 辻川正人

同 東風龍明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金一二四万九七一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告株式会社トライアルにつき昭和六三年三月三〇日、被告山村につき同年四月一日)からそれぞれ完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、自動車の販売を業とする会社である。

2  原告は、昭和六二年一二月三日、被告株式会社トライアル(以下、「被告会社」という)との間で、次のとおり自動車の種類物売買契約を締結し(以下、「本件契約」という。)、被告山村正明は、右同日、原告に対し、被告会社が本件契約により負担する債務について、連帯して保証する旨約した。

(一) 売主 原告

(二) 買主 被告会社

(三) 車名 ニッサングロリアハードトップターボブロアムVIP

型式 KPY31GWATWピュアホワイトの新車(以下、「ニッサングロリア新車」という。)

(四) 売買代金 金五〇〇万四七一三円

(五) 支払方法 頭金三三四万九二二〇円(ただし、下取車価格金一九五万円を含む)とし、残金一六五万五四九三円は、昭和六三年一月末日に金八万四一九三円、同年二月から昭和六四年八月まで毎月末日に金八万二七〇〇円宛計二〇回の割賦払い

(六) 特約 被告が右割賦金(頭金を含む)の支払いを一回でも怠ったときは、期限の利益を喪失し、原告は被告に催告することなく、本契約を解除することができる。

3  (目的物の特定と原告の弁済の提供)

(一)(1) 本件契約の対象自動車は、原告が、契約当日、被告会社から自動車登録等の手続きの委託を受け、昭和六二年一二月一一日、車台番号PAY三一―〇一〇八六四のニッサングロリア一台(以下、「本件自動車」という。)について、登録番号及び使用者名山村正明とする新車登録手続きが完了し、近畿運輸局から登録番号大阪三三ね三五七四の車検証が交付された。

これは、「債務者カ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ」(民法四〇一条二項)たことに該当し、これにより本件契約の目的物は本件自動車に特定された。

(2) 仮に、右登録手続きの完了によっても、未だ目的物が特定されていないとしても、原告の担当者が、昭和六二年一二月二一日、本件自動車を被告会社の代表者である被告山村に納車のため持参した時点で特定した。

(3) 仮に、右時点でも未だ特定されていないとしても、原告の担当者が、同月二二日、本件自動車を同被告山村に納車のため持参した時点で特定した。

(二)(1) 原告は、昭和六二年一二月二一日、本件自動車を被告山村に納車のため持参して、被告会社に対し、本件契約の弁済の提供をした。

(2) 仮に、右時点での弁済の提供の主張が認められないとしても、原告は、同月二二日、本件自動車を同被告山村に納車のため持参して、被告会社に対し、本件契約の弁済の提供をした。

4  被告会社は、頭金三三四万九二二〇円及び第一回目の割賦金も支払わないので、原告は、昭和六三年二月二四日被告会社に到達した書面により、被告会社に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をなした。

5  原告は、本件自動車を財団法人日本自動車査定協会で査定したところ、金三五五万五〇〇〇円であったので、原告は、本件契約解除により、売買代金五〇〇万四七一三円から右査定価格を差し引いた金一二四万九七一三円の損害を被った。

6  よって、原告は、被告らに対し、本件契約解除による損害賠償請求権(被告山村は連帯保証債務履行請求権)に基づき、各自、金一二四万九七一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告株式会社トライアルにつき昭和六三年三月三〇日、被告山村につき同年四月一日)から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項、2項、4項はいずれも認める。

2  同3項(一)の(1)の内、被告会社が本件契約当日原告に対し自動車登録等の手続きを委託したことは認めるが、その余は不知。自動車登録手続が完了し、車検証が交付されたことにより本件契約の目的物が特定したとの主張は争う。

同項(一)の(2)、(3)は、いずれも特定の点を除き認める。原告の担当者が本件自動車を被告山村に持参したことにより本件契約の目的物が特定したとの主張は争う。

同項(二)の(1)、(2)の内、原告が一二月二一日及び同月二二日被告山村に本件自動車を納車のため持参したことは認めるが、それをもって、被告会社に対する弁済の提供であるとの主張は争う。

3  同5項は不知。

三  被告らの主張(原告の反論に対する再反論を含む)

1  原告の先履行義務の不履行

(一) 原告が昭和六二年一二月二一日持参した本件自動車には、次のとおりの瑕疵があった(以下、「本件瑕疵」という。)。

(1) フロントガラス右側(運転席から見て)と車体との間のプラスチック枠部分に、その幅一杯に深さ約一ミリのひび割れの存在

(2) 運転席(右)側の扉下の金具に数一〇本の擦り疵の存在

(二) 一二月二一日の持参時点で、本件自動車の走行距離メーターは五四キロメートルを指していた。

(三) 本件契約は、価格金五〇〇万円以上もする新車の売買契約であり、瑕疵のない新車の提供のみが債務の本旨に従った弁済の提供たりうるものというべきところ、本件瑕疵のある本件自動車の持参は、債務の本旨に従った弁済の提供とはいえない。

また、新車の納車時の走行距離は、約一〇キロメートル以下が一般であり、本件のように走行距離五四キロメートルの自動車の提供は、債務の本旨に従った提供とはいえない。

(四) 一二月二二日に原告が持参した本件自動車が、本件瑕疵を修理した後のものであったとしても、瑕疵を修理した自動車は、もはや瑕疵のない新車とはいえず、その提供は、債務の本旨に従ったものとはいえない。

(五) よって、原告が被告会社に対し債務の本旨に従った弁済の提供(瑕疵のない新車の提供)をしていない以上、被告らの代金支払義務の履行期は到来しておらず、被告らの債務不履行を理由とする原告の本件契約解除の主張は理由がない。

2  目的物の未特定

(一) 被告会社が原告に対し自動車登録手続等を委託したのは、将来、原告が被告会社に納めるべき新車一台についての自動車登録手続等を委託したに留まるものであり、右委託をもって、被告が原告に対し、本件契約の目的物を特定するための指定権を与えたことにはならず、また、登録手続が終了したことをもって、種類物債務の特定の要件を満たしているとはいえない。

(二) 本件契約のような自動車(新車)の販売契約においては、原告が当初から瑕疵のない自動車を被告会社に持参提供して初めて目的物が特定されたというべきところ、原告が昭和六二年一二月二一日及び二二日に持参した本件自動車は、前記のとおり、瑕疵のある自動車であり、これをもって本件契約の目的物が特定されたとはいえない。

(三) よって、本件契約の目的物が本件自動車に特定し、本件自動車の提供をもって履行の提供があったとして、被告会社の受領拒絶を非難し、本件瑕疵等は瑕疵担保や債務不履行の一般原則を適用して利益調整をすべきであるとする原告の主張は理由がない。

四  被告らの主張に対する原告の認否並びに反論

1  1項の(一)は数一〇本との点を除き認める。

同項の(二)は認める。

同項の(三)ないし(五)の主張はいずれも争う。

遅くとも、一二月二二日に本件瑕疵を修理して本件自動車を持参したことにより、債務の本旨に従った弁済の提供であったというべきである。

2  同項2項の主張は争う。

本件契約の目的物は、自動車登録手続の終了により本件自動車に特定され、原告は、右特定された本件自動車をその時の現状で被告会社に引渡すことで、債務の本旨に従った履行の提供となる。それ故、本件瑕疵の存在は、民法五七〇条の瑕疵担保責任の規定や債務不履行の一般原則を適用して、利益調整を図るべきことであり、被告会社が別の新車を要求し得る根拠とはならない。

仮に、特定物につき、瑕疵の存在を理由に代物請求ができるとしても、本件瑕疵はごく軽微なものであり、このような場合は、信義則上代物請求はできない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1項、2項及び4項の各主張事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因3項の主張について判断する。

1  本件契約がニッサングロリア新車の種類物売買であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》により、本件契約において、売主である原告の債務(日産グロリア新車一台を被告会社に提供する)と、買主である被告会社の債務(代金支払い)とは、原告の債務が先履行の関係にあることが認められるから、原告が被告らの債務不履行責任を問うためには、先に自らの債務を履行することを要するものと認められる。

2(一)  本件契約がニッサングロリア新車一台の種類物売買であることから、原告が自らの債務を履行するためには、ニッサングロリア新車の中から特定の一台を被告会社に現実に提供しなければならない。

そこで、原告が昭和六二年一二月二一日に本件自動車を被告山村に納車のため持参した(この点は当事者間に争いがない。)時点で本件契約の目的物が本件自動車に特定されていたか否かについて判断する。

(二)  原告は、まず、被告会社からの委託に基づき昭和六二年一二月一一日に本件自動車の新車登録手続きが完了し、車検証が交付されたことにより、本件契約の目的物は本件自動車に特定された旨主張するが、一般に、新車を購入する買主が売主に新車登録手続等を委託するのは、契約後の手続きが円滑に運ぶように販売手続きの一つに組み入れている売主の勧めに応じ、煩雑な手続きを売主に任せるためであり、種類物である新車の特定権を売主に付与する意思をも買主が有しているとは考え難く、本件においても、被告会社が新車登録手続等を原告に委託するに際し、そのような意思を有していたと認めるに足る証拠はない。

また、右登録手続きの完了は、新車の売主が物の給付をなすに必要な行為ではあるが、未だ給付そのものは完了しておらず、それをもって民法四〇一条二項の「給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ」たときに該当するということはできない。

よって、原告の右主張は採用できず、従って、原告が昭和六二年一二月二一日に納車のため本件自動車を被告山村に持参するより前に、本件契約の目的物が本件自動車に特定されていたと認めることはできない。

(三)  次に、原告は、原告の担当者が昭和六二年一二月二一日に本件自動車を被告山村に納車のため持参したことにより、本件契約の目的物は本件自動車に特定された旨主張するので、この点について判断する。

種類物の特定につき、当事者間の格別の定めが認められないときは、目的物は「債務者カ物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為ヲ完了シ」たときに特定する(民法四〇一条二項)。そして、持参債務の場合、債務者が物の給付をなすに必要なる行為を完了するためには、種類物の中から取り分けた給付の目的物を債権者の住所に持参して、それを債務者が受領しうべき状態においた時、その物について特定を生ずると解せられる。

本件において、原告の担当者が昭和六二年一二月二一日に本件自動車を被告山村に納車のため持参したことは、債務者が物の給付をなすに必要な行為を完了したことに該当すると考えられるので、この時点で本件自動車に特定されたものと認める(被告らは、債務の本旨に従った履行でなければ、本件契約の目的物は特定されない旨主張するが、履行が債務の本旨に従ったものか否かは、その履行が弁済の提供に該当するか否かを判断する際の検討事項であり、民法四〇一条二項により債務者が種類物を特定するための要件ではないと解する。)。

(四)  以上により、本件契約の目的物は、原告の担当者が昭和六二年一二月二一日に本件自動車を被告山村に納車のため持参したことにより特定されたものと認める。

3  そこで、次に、原告の担当者が昭和六二年一二月二一日に本件自動車を被告山村に納車のため持参したことが、原告の債務についての弁済の提供(民法四九三条)に該当するか否かについて判断する。

(一)  本件契約は種類物売買であるところ、種類物売買において、給付した物に瑕疵があれば、その給付は債務の本旨に従った履行でなく不完全履行となり、売主は、瑕疵のない同種の物が他に存在する限り、債務の本旨に従った履行として、瑕疵のない物を給付すべき義務を免れる理由がなく、買主は瑕疵のない物の給付を請求しうると解せられる。

けだし、種類物売買は、いわゆる特定物売買が目的物の個性を重視して代替性を認めていないのと異なり、同一種類の物が他に存する限り、一旦特定された物が給付された後も、その物に瑕疵があれば、他の瑕疵のない物を給付することが可能であり、かつ、そうすることに何ら不都合もないからである。

それ故、本件契約において、昭和六二年一二月二一日時点での提供で目的物が本件自動車に特定されてはいるが、右提供が債務の本旨に従った履行の提供と認められない時は、右履行は不完全履行となり、原告は、更に、債務の本旨に従った履行をしない限り、先履行義務を果たしたことにはならないと解される(種類物の特定によりそれが不代替物である特定物になるものではないと解される。最高裁昭和三六年一二月一五日判決・民集一五巻一一号二八五二頁参照)。

(二)(1)  原告が被告会社に提供した本件自動車には、本件瑕疵が存在したことが認められるところ(フロントガラス右側(運転席から見て)と車体との間のプラスチック枠部分に、その幅一杯に深さ約一ミリのひび割れの存在については当事者間に争いがなく、運転席(右)側の扉下の金具の擦り疵の点は疵の本数を除き当事者間に争いがなく、本数については、《証拠省略》により、数一〇本であったと認められ、右認定を履すに足る証拠はない。)、このような瑕疵のある自動車の提供が、債務の本旨に従った弁済の提供に該当するかについて判断する。(2) 商品売買において、瑕疵ある商品を提供した場合、それが債務の本旨に従った提供になるか否かは、商品の性質、売買の目的及び瑕疵の程度等を考慮し、信義則によって判断するものであるところ、本件のような新車の売買の場合は、買主が数多い車種の中から、車の性能の外、外観や内装の見栄え等をも重視した上、特定の車種を慎重に選択し、多額の代金を支払うことで契約するものであることから、瑕疵のない新車の提供のみが債務の本旨に従った弁済の提供に当たるというべきである。

新車の売主は、瑕疵のない新車を前提にして価格を付けており(瑕疵があれば、当初からキズものとして値下げして売り、また、提供時に瑕疵が判れば値引きするのが通常である。)、買主も瑕疵のない新車が納車されることを当然のこととして、多額の代金を支払う契約をしているのであり、瑕疵が軽微で性能等に関係がないとか、容易に修理可能であるとして、瑕疵のある車の受領を買主に強いるのは、買主の契約の目的を踏みにじるものであり、信義則に反するものである。

(三)  以上により、昭和六二年一二月二一日の本件自動車の提供が、被告会社に対する本件契約の弁済の提供であるとの原告の主張は採用できない。

4  次に、原告は、原告の担当者が昭和六二年一二月二二日、本件瑕疵を修理した本件自動車を被告山村に持参して、被告会社に対し本件契約の弁済の提供をした旨主張するが、本件瑕疵が軽微なもので、僅かな費用(《証拠省略》により、修理費用は五〇〇〇円未満と認められる。)で修理が可能であり、かつ、それを修理したとしても、修理した本件自動車は、たとえそれが他のニッサングロリア新車と性能・外観・内装等につき同種のものとなったとしても、当初瑕疵の存した新車は、他に当初から瑕疵のない同種の新車が存する限り、瑕疵のない新車が納車されることを目的とした新車売買においては、もはや当該契約の目的物とはなり得ないというべきである。

よって、原告の右主張も採用できない。

5  以上により、本件契約において、被告らの債務との関係で先履行義務となる原告の弁済の提供の主張は理由がないから、原告は被告会社の債務不履行責任を問うことができず、被告会社の債務不履行による本件契約解除の意思表示は解除の要件を欠き無効である。

三  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森本翅充)

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